ギヨーム・ド・ロリス&ジャン・ド・マン『薔薇物語』

ちくまで『ヘルメス叢書』でも再刊されるんじゃないかなんて言っていたら、中世ヨーロッパの寓意大全たる『薔薇物語』が文庫化された。当時の自然哲学にもとづいた記述も満載だから、錬金術文学としてもかなり高名な書物である。こんなものが8/8に文庫で発売になっていたらしい、こうなるとモウそろそろ誰かがフランチェスコ・コロンナの『ヒュプンエロトマキア・ポリフィリ(ポリフィルス狂恋夢あるいは睡夢譚)』なんかを翻訳するんじゃないか、なんて期待もしちゃったりするけれども、それはともかく、こういう漫然と読むに最適な大著が文庫化すると、寝転がって読むなんていいんじゃないかと、買い直したりもしたくなる。



筑摩書房ホームページ 新刊『薔薇物語』
Amazon:『薔薇物語(上)』
Amazon:『薔薇物語(下)』
文庫化した元は平凡社の篠田勝英訳らしい。これは第48回読売文学賞をとっている。
ちくま文庫版の中身は未見だけど、これは章ごとに寓意画も掲載されているし、巻頭にパリ国立図書館所蔵の写本からのカラー図版が載っていたりする。これがまた時祷書のように美しい。文庫版にも付属するんじゃなかろうか、これは書店で確認せねば。
この平凡社・篠田勝英訳は1996年刊でなんと9592円もする書物だったが、じつはこの少し前にも『薔薇物語』の翻訳がでて慌てて買った版がある。なんと1995年の刊行、未知谷という出版社から見目誠氏という高校の教師さんが翻訳されたもので、当時6000円もした。この大著を、いわば大学教授でない方が全訳したというだけで妙に感動した覚えがある。それだけではないのだが、後書きにそのころのある出来事が記録されていることがマタ感慨深い。ちょっと引用してみよう。

追記 訳者は現在兵庫県南部地域に住居するものだが、一九九五年一月一七日は生涯忘れられぬ日となった。例えば訳者が学生時代を過ごした東京地方などで日常的に起こる地震とは揺れ方のまるで異なる直下型地震の凄まじさは、実際に経験しない限り到底想像もつかないだろう。家具のほとんどが散乱したとはいえ、訳者の家屋が倒壊を免れたのは全くの偶然に過ぎない。訳者自身も軽い溶連菌感染症、昔風に言えば丹毒に罹り、思いのほか難儀したのだが、亡くなられた方々のご冥福を祈り、家財、勤務先を失われ、あるいは避難されている方々にお見舞いを申し上げるものである。
辛くも原稿を死守し、悪寒に耐え、余震を感じながら朱を入れつつあった校正刷りを、どこへ行くにも肌身離さず持ち歩いた挙げ句、本が出来上がるというのは感無量である。僭越至極ではあるが、「近代」を静かに告発しているとも考えられる本書を、全ての亡くなられた方々へ捧げさせていただこうと思う。

ちなみに、このほぼちょうど1年後に出版された平凡社版には、完全な図版があるわ、詳細な索引がつくわ、じつにアカデミックな完全版であるが、知ってか知らずか、見目誠版への言及はただのひとこともない。どちらがギヨーム・ド・ロリスなのか、あるいはジャン・ド・マンなのかは判らないが、まあ、こういう運命を生む書物も、世の中にはあるのだろう。

未知谷・見目誠訳『薔薇物語』(中古1880円・書評あり)
平凡社・篠田勝英訳『薔薇物語』(購入不可・書評あり)

それから、上述したフランチェスコ・コロンナ『ポリフィルス狂恋夢』も気軽に手に入るようになったもんだ。7年近く昔アテネの書店でJoscelyn Godwinの英訳に出会い、なけなしの金で狂喜乱舞して買っては鼻息もあらく頁を捲ったのを思い出す。これまた錬金術(的)文学としては非常に重要なので、未読の方には是非おすすめ。(洋書ではありますが挿絵もいっぱい&筋書が明確なので気軽に読める、と思う・・・)



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Hypnerotomachia Poliphili: The Strife of Love in a Dream (ハードカバー)Francesco Colonna (著)
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