第25回 錬金術の叙階定式書 第5章(8)

元素の結合、あるいはその同化吸収については既に述べた。ここからは、我らが石の栄養摂取について説明を加えることにしよう。あらゆる段階に於いてもよく混合され、そして「乾」の働きで引き締まった均質の気質(ユーモア)というものが存し、このありうべき混合のなかに、内部と外部の熱が受動の資質を生成する。それゆえ人間の消化もまた、実体としての気質体液がめざす完全化に他ならない。このような、未だ学ばざる者にとっては解しがたく、また有益とは思えぬ叙述を私がなすことを、汝は許容せねばならない。他のあらゆる技術と学問に似て、錬金の術にもこれにかなった術語があり、これを閑却すると私は難を生じかねない。外的な「冷」によって消化は加速することがあるが、これは体温がより高い夏よりも冬に多くの食糧が摂取されることにみられる。このように「冷」は内的な熱をかりたて、その活動を増し、欠くべからざる消化の力を附与するのである。我らの術の消化力という質は、消化組織に存する擬似的な熱のことである。とはいえ、被消化物のほうの暖気もまた消化を補助する。苛烈な熱はなにものをも消化しはしない。風呂は、消化の助けにもなるが破壊の原因にもなる。消化(発酵)されたワインは葡萄よりも自然の熱をもっている。(これらの逆に?)「凝結」ということには実体が有るわけでなく、これはただ幾つかの原料物質がゆうする受動的な仕儀である。汝は、色彩出現のときを求めるのみならず、「熱」「冷」「湿」「乾」のいずれもが物質の「第一動因」であることを学ばねばならぬ。所与のいかなる段階にも「第一動因」は、色の出現する様態への素早い観察可能にする、修練を積んだ達人の見識を要求する。四つの資質に対し「第一動因」は支配者的な力を持っており、その一時的な優勢が四つの資質をそれ自身の性質のなかへと同化吸収するのである。アナクサゴラスも『自然変成』と題する書物のなかでこの変化について述べており、その理論的解釈はレイモンドも賛同するところである。しかし「第一動因」を認識するのは、思いのほか単純な問題ではない。私はここで、色、味、匂い、そして変化のしやすさという四つの徴からそれを認識する手段を提示しよう。汝の容器のなかで何が優勢の状況であるかは、さしあたるところ「第一動因」の資質によって生起する色によって瞬間的に示されるので、物質に汝がみる色は「第一動因」を認識するよすがとなろう。もしろん「第一動因」がいかなる過大な作用を起こそうとも、この性質に気付いてさえいれば、汝はこれを和らげることができるのである。

「栄養」とか「滋養」いう言葉はどうも難物だ。「外部の存在物を個体=内部がどのように摂取するか」という、コレマタ弁証法的なテーマではあるのだけれど、なんというか(飛躍!)2次対戦以降の物質難からこっち栄養という日本語にはモノズゴグ切実な生活感がこびり付いているような感じだし、「栄養学」とかいうと、なんだか家庭科のちょっと高度な領域みたいなところがある。「栄養たっぷり!」とかいっても、その滋養を誰もが100%我がものとできるかどうかの問題もあるし、栄養栄養いってるうちに糖尿病になったり、「節子、それドロップちゃう!」ということにもなりかねないのだ。
で、なにかというと『アタランテ』を引き合いに出すのも当サイトならではの傾向なのはモウ仕方無いとして、象徴2を訳していた際に酷く難渋したことを思い出す。「ペリパトス派」からアリストテレスにリファレンスしてみると、『魂について』に「栄養摂取能力」の章があったり、『霊魂論』には以下のような記述があったりもして我が意を得た気になったものだった。正直言うと、錬金術文書で「栄養」とか「消化」とかのテーマに出会っても、今のところアリストテレス自然学の範疇を超えることは1ミリもできない。とりあえずソレでよければ、「消化」ということも、だいたい同じ現象について言っていると考えて良いんじゃないか。

栄養は、栄養を摂取する者から何か作用を受ける。しかし後者は栄養から受けはしない。それはちょうど、大工は木材から作用を受けないが木材は前者から受けるようなものである。

マイヤーはどうも前々回(9)自然魔術のようなアリストテレス自然学的な、現実認識の哲学を重んじる傾向がある。それまで錬金術というと新プラトン主義に肩入れするものとばかり思っていたので、意外だっただけでなく、『動物誌』とか『フィシオログス』とかの古い博物学ドキュメントをやたら意識させられた。いや、こういうの面白いからいいんだけど、大変といえば大変。とくに「ガマ石」のテーマとか「ゾウと大蛇」なんて、ただ読んでるだけじゃ全く判らないし。地中海世界のリソースから隔たった英国が、こういう博物学的「惑乱」の歴史をドウ過ごしてきたかはよく判らんけれども、『黄金の鼎』のことを鑑みても、マイヤー自身、こういう風土に成立していた錬金術文書から、『アタランテ』を編むための着想をかなり得ている気がする。