安岡力也

食事のタイミングを失えば、タチグイ蕎麦で黙々と食べることも辞さない。
よく寄るタチグイは《安岡力也》似のコワモテのおじさんがいて、注文以外は
ごちそうさん」「どもまいど」
のクール&ドライな言葉しか交わしたことがない。・・・なかった。
今日はちょっと様子がちがう。
頼んだ蕎麦に「ぅい、サービスしちゃうぜ」と稲荷鮨が突き出された。
ドスの利いた地を這うような声である。
「こんな時間まで飯もくわねぇでな、兄ちゃんも忙しいやなっ」(イヤソンナ)
「んでよ、そんな忙しい仕事ッテなにやってんの」(ンマア〜ナンカヲ〜ミタイナカンジデ・・・)
「そおかあ、今いちばん大変だよな、おい、ソッチの兄ちゃん、こちらの方あな・・」
蕎麦も鮨もウマク咽をとおらない。なんかタチグイが関西のタコやき屋台みたいになってゆく。このタチグイ蕎麦には、近くのパチンコ屋からちまちまと常連客がきている。まあ、普段から浮いているのだ。いやしかし、へんに神経質なのを見すかされてはなるまいと無理にワイルドなかきこみ方でドスンとどんぶりを返すと、いつもどおりに「ごっつあん」「おう、まいどまたよろしく」
でも、なんか普段かかないような汗をじっとりかいている。
・・・味もよくわからなかった。