フィル・ダニエルズ演『さらば青春の光』1979 イギリス 115分

60年代の“怒れる若者たち”を描いた青春ドラマ。主人公の青年ジミーは、仕事や束縛を嫌い、グループの連中と遊ぶことだけが唯一の生きがいだった。しかし、彼のあこがれていたエース・ファイスさえも、現実社会の中で妥協していることを知り、ジミーは全てに絶望してしまう……。スティングがエース役で映画デビューを果たした作品。

英国ロックを楽しもうとすると、ビートルズは好きなのだが、これだけ手垢がついちゃうと、好き嫌いとかではなくなってしまって、もはやテクスチャもたいなものに堕してしまっているように感じる、そういう事情はビートルズばかりではないけれども、やっぱりMods系統に手を出してみるのが面白くなってくるんで、The WhoとかKinksとかは聴きたいなあという気分になるコトは多い。

四重人格『Quadrophenia』は、今までずっと映画も観てないのにしょっちゅう聴いてて、こりゃあもう一生もんのアルバムに殿堂入りで、最近よく映画を観るようになってから、近所のレンタルで見かけてようやく観たという運び。まずね、すごい若い。そして、どうしようもないくらい、カッコ悪いんだ、コレ。とにかく若者のための映画です。高校生くらいのときに、観ておきたかった。今観ると、自分が老いて、妥協して生きていることを痛く感じさせられようぞな。(『蜂の旅人』の後じゃあな・・・)こういうのを観て「若い人のばか騒ぎにすぎない」とか「職業蔑視イカン」とか「麻薬溺れのもやしっこ」とか言っちゃあ、いけないよ。

映画の最後で彷徨う主人公、憧れだったスティングがホテルのベル・ボーイなんてやってるのを見て、その社会への妥協っぷりにぶち切れて「さらば、青春の光」を体現してしまうエンディングを迎えるんだが、映画観てるおじさんとしては、だ。たとえ若者が「妥協」してもね、バカやってたけど、しっかり社会に適応して、がんばっている姿みたら、微笑んじゃうんだよな、うふふ、えらいね、とか思って。もう、これが違う。そんなのは、かつて自分が嫌った、モノワカリのいいオトナなんだな。

そういう歳取った自分を恥じるくらいでないと、青春映画の醍醐味なんざあ、わかるわけない。育ちのイイ、お上品な恋愛メロドラマじゃあるまいし。ましてや階級差のキツいイギリス社会だ。這い上がれずに将来に生きてゆかねばならぬ社会階層を決められてしまっている若者のいらだちなんてなぁ、自発的共産主義の平和ボケの軟弱な日本人にはソウ簡単に共感できるもんでもないだろう、自分でもソウ想う。社会システムを、良い悪いするスタンスでなく、いち個人の「青春」が、与えられた時代の中で、歴史に参与しつつ、これがドウもがくのかが、まさに人生を決めるんじゃ、あるめいか。

かつて、煮え切らないなにかを抱えて、夜な夜な野良犬みたいに街を駆け抜けていた(不)健康優良印の不良だった、ちゃんとしたオトナには、思い出と、これからを生きるために推奨できる映画だ。でも、すぐに大人に成れてしまうような、緻密な思考のない、憧れだけで未来に目を向けられる、いわゆる(真性の)ワルには向かない。
そんなにModsは強くない。このへんがロッカーズとモッズの違いにも似てる気がするけど、それは多分、自分のかんちがいだろうな。