ドナム・ディ第5章

つづき・・・

第五章 此水のほとんどは、黒くけがれたる土塊より成る。
それゆえ鶏が卵を育むような緩やかな火にてわれらの黄銅を暖めよ、やがてこの組成物質より染色素(ティンクトゥラ)が抽出されるが、そのすべてを一時に抽き出そうとしてはならない。日々に少しずつ、そして完全に抽出されるには長い時間をかけなければならない。わたしは白の黒、白の赤、赤の黄、そしてわたしは、嘘いつわりなく真実を語る者である。して汝、術に於けるこの赤は、夜闇と昼光のなか翼なしに飛翔する鴉なるを識れ。その咽喉の激甚さによってこの色彩は表れており、肉体から赤、その背後には純なる水が現れる。神のこの賜物をそれと理解し、受け取ってはそれを愚かな者どもから隠すべし。それはもはや、鉱物の洞窟から隠されてはいないのである。そして石は鉱物でも動物でもあり、輝く色彩であり、あるいは高い丘陵、広漠たる海である。わたしが汝に示すところを注視せよ。真実それははじめ黒く、われらはそれを科学の洞窟とも呼び、それは闇なしには探求し得ないが、それこそわれらが探し求める染色素(ティンクトゥラ)であり、如何なる物体にも色素をあたえるものである。そういうものが彼の真鍮のなかに、人間の魂のごとくに秘められている。それ故わが息子よ、汝、作業のさなかに黒き色素を手に入れんことをこそまず探求すべし。汝、腐敗という正道にみずからが在り、われらの術には遅々たるところへの忍耐が不可欠であることを確信するであろう。嗚呼、祝福されし自然、そして汝の作業の祝福されてあれ。汝はまことの腐敗、不完全なるところより完全なるものを造出する。それこそは黒あるいは夜闇なのである。かくして汝あたらしき異形の造成をば成し遂げれば、鮮緑あるいは碧獅子は異種の色彩をあらわすであろう。




《鴉の頭》はかがやく黒さ。これは物質の上の黒雲であり、霊気あるいは形相であり、この物質の上の土壌は別の容器の基底まで下降し、そこに蠕虫が生じる。
あらゆる哲学者の語りし黒くそして汚穢なる土壌、水の上に現る。

前4章で言及された、黒の過程ちょくぜんの「水」をとつぜん「真鍮」といいだす。一定の地上的制約(性質)を被っている物質は、すなわち原罪を背負って苦しむ物質でもあって、そのぐるぐるカオス状態を黒とか闇とか洞窟とかいうのかもしれない。『逃げる〜』で贖罪の奇跡を体現するナアマン(女性体型なのだ)の水浴でも対象金属は真鍮だった。そういえば、真鍮を加工する冶金技術からつくられた工芸品は非常に多い。金属種の変性過程(ランキング)に応じた冶金技術・工芸品などの歴史や意味などの相関関係がわかる資料って、なんかないもんかなあ。

それから、文中いきなり解説子の主体「I」が対象の組成物と入れ替わってしまうのが気になる。この章じたいがかなり幻視の感覚に満ちてる感じがあるが、こういう投影=プロジェクションの表現?がそうさせているのかも。ん〜『心理学と錬金術』あるいは『結合の神秘』のなかで、こういう文書の傾向とか事例がでていなかったかなあ? 術師自身と、作業の対象物の境界が曖昧になってしまうという記述の例とかが、たしかどっかに・・・。