第1回 院長クレマーの告白

『院長クレマーの告白』は、あるベネディクト会の修道院に伝わるとされた術の秘奥書であり、成立年代は明かされていないものの、バシリウス・ヴァレンティヌス『12の鍵』と、トマス・ノートン『我を信じよ』とともに、『逃げるアタランテー』の著者ミハエル・マイヤーが1618年に編纂した『黄金の鼎(The Golden Tripod)』の一角をなす奇妙な錬金術書である。
第1回はミハエル・マイヤーの、警句を含んだ四行詩と、良くある錬金術逍遙譚、頌栄の三つ。

修道院長クレマーの信仰告白

ベネディクト修道士にして

ウェストミンスター修道院

以下の文書に付したるミハエル・マイヤーによる四行節

著者の趣旨から記せし文字まで いずれも人目を欺くものなり

ゆえに読者よ、こころすべし 花々の咲き乱るるところ、蛇の潜まぬは無し

されども能うかぎり平明に語らんとする輩をば軽んずべからず

言の葉蔭のもと秘めらるるは、真実の黄金の果実なるべし

英国人クレマーの信仰告白

ウェストミンスター修道院

ベネディクト修道会の修道士

私は、多くの斯術の学徒の路に、甚大な躓石となってきた、よくある曖昧な専門用語をいっさい使うことなしに、錬金術の完全かつ正確な説明を与えようと試みました。その巧みさの一切を、難解な言語のもとに、独特な思索の術へと集中させてきたようにみえる著述者たちの書物を吟味しつづけて三十年、私はここで、その自身の経験を記そうと思うのです。読めば読むほど、希望もなく路に迷った私ですが、とうとう天来の神意が私を鼓舞することとなり、イタリアへの旅路を企てさせました。それは私にとって、あの高貴で驚くべき名知識レイモンド師の門弟となる契機となりました。私は師のまなじりのなかに偉大な知識の部分的な知識を聞かせるのみならず、私の熱心な懇願によって、この島国イングランドまでも同行していただき、二年の歳月を共にしてくれるという寛大さに浴したのでした。滞在の間、師は作業の秘密をすっかり私に相伝し、その後、私はこの稀代の師を、斯様な者に非常に寛大な君主エドワードに紹介しました。王は丁重かつ誠意もって師を迎え入れ、師から無尽蔵の富の約束を得たのですが、それは王が、神の敵たるトルコ族への十字軍を指揮し、爾来ほかのキリスト教圏国に戦を仕掛けるのを慎むことが条件であったのでした。けれども何たることか、この契約は決して叶うことは無かったのでした。王は負うべき契約を甚だしく踏みにじり、わが親愛なる師に遺憾と痛恨を抱かせつつ、海の彼方に追いやることを強いました。師の受けた不当な扱いを憶うとき、今も私のこころは滾るようで、その御姿を心篤く眼前にしたいという願いはもはや抱けないことでしょう。なんとなれば師の生きた日々の規律とその思想の清廉さ潔白さは、恐るべき敵意を秘めた罪人ですら改悛させるほどのものなのです。その間にも、私と私の同胞たちは、あなたの代わりに神を前に日々祈りを捧げます。安らかにあれ、いとも聖なる師レイモンドよ。すべての叡智は神よりきたり、そして神の中で終わることはありません。知識を欲する者ならば、神にこそ、それを嘆願すべきであります、神はとがめもなく寛大にそれをお与え下さいますゆえ。あらゆる知識の高み深み、そして叡智の宝物のすべては神よりひとに与えられますが、神の中のもの、神に向かうもの、神を通じるもの、それは万物であって、神の意志なくばなにも生起しえないのですから。論述を始めるにあたって私は、すべての善の源泉であり起源である神の加護を乞います。神霊の輝く光が、私のこころを照らさんことを。そして真の知識の路を皆に示すことを私に可ならしめんことを。いと高きにまします神、世界万物ををば永遠に統治する神により、この祈りが受諾せられんことを。かくあれかし。

「世のはじめ――それは慈しみとまことに満ちて」

祈祷
聖なる主、全能の父君、恒久普遍なる神よ。御身、その唯一の嫡子たる我らが主イエス・キリストの本懐によりて、我ら卑しき者共へと聖別の清めの炎を与え給え、恵みを下されんことを。いとも慈悲深き神よ、御身の恵みによりて称えられてあれ、我らが主イエス・キリストのもとに、ひとの種の善を導き給え。

善なる主、紅き光造りし御方よ/陽光隠れ、恐ろしき混沌の再来に/確たる季節へと刻を画し給う御身よ。/嗚呼キリストよ、忠実なる者たちに光を取り戻し給え!/されども御身、天の底に星々をちりばめ/そして月の灯りをはめ込み給うた。/御身は我らに燧石の灯火を教え給い/石より産まれる仄めきより発する生命の悦びを教え給うた。

御身は真実を見通す眼光、知覚の光なり。/御身、鏡なしに、かつまた鏡とともなるものなりぬべし。/静逸を孕める無垢より流れ出でし聖別の塗油にて/染色して育んだ光をば受け容れ給え。

御身のもとに集わん、偉大なる父よ、/目にも明らかなる御身の誉が輝き放つ、御身の唯一なる子を通じ/御身の偉大なる慈愛より地上に下されし其者、/祝福されし救主を通じて。

御身の光輝、栄誉、光、叡智、威風、美徳、/そして慈愛を秘めたる彼の者が/我々とともにこの地上の時を過ごし、/光の泉へと引き上げんことを。かくあれかし。

ちょっと長くなるが、「錬金術逍遙譚」つながりということで、『太陽の光彩』からサロモン・トリスモシンの冒険を引用しておこう。似たようなものとして有名なのはニコラ・フラメルユダヤアブラハムの出会いから巡礼までの話だろうが、トリスモシンのほうはかなり都会的な冒険談で、ミシェル・トゥルニエが『聖女ジャンヌと悪魔ジル』で描いたような妖しいイタリア都市の姿が垣間見える。

トリスモシンの錬金術的逍遥潭 哲学の石を探索せる冒険 『金羊毛』より
若かりしころ、私はフロッカーという鉱夫に出会い、彼もまた錬金術師であったが、彼はその知識を秘密に保っており、私は彼から何も得ることはできなかった。彼は卑属の鉛による過程を使い、そこへ特別な「硫黄(サルファ)」あるいは「硫黄(ブリムストン)」を加え、鉛がかたくなるまで固定させ、それから流体にし、最後には蝋のようにやわらかくなった。
 しつらえた鉛から彼は20ロス(10オンス)、そして1マルクの、合金でない純銀を取り、両の素材物質を融解剤に入れ、半刻ものあいだ合成物を融合するに任せた。そこで彼は銀を分金し、鋳塊へと投入すると、その半分はもう金であった。
 私はこの術を学べなかったので、心底悲しかったものだが、彼は秘密の過程をうちあけるのを拒んだ。
 その後まもなく、彼は鉱山にて倒れ、彼の用いた技術を語りうるものは誰もいなかった。
 この鉱夫によって、こうしたことが本当になされたのを目の当たりにしたので、1473年、私は錬金術の達人を探し出すべく旅に出て、そういう者のひとり在りといえばその元へゆき、そのような逍遥に私は18ヶ月も費やし、あらゆる種類の錬金術過程を学ぶも、なんら偉大な重要を見出せず、しかし、いくつかの固有の過程には現実性を見い出し、自身の財産を200フローリンも費やして、にもかかわらず私は探索を諦めなかった。数人の友人のもとを頼ることを考え、ライバハへ旅立ち、ついでミラノに至り、とある修道院におちついた。私はそこでいくつかの素晴らしい教唆を得て1年ほど補助人として仕えた。
 そして私は北部南部のイタリアを旅して、イタリアの商人と、そしてあるユダヤ人に出会ったが、彼にはドイツ語が通じた。二人は英国産の錫を、最高の純銀のように変えてはたいへんに儲けていた。私は、彼らに仕えることを申し出た。私を召使とするよう、ユダヤ人は商人を説き伏せ、彼らが術を執行する間、私は火の見張番をすることとなった。私は好く勤め、これらにいたく気に入られたので、彼らは私からはなにも望まなかった。このように私は彼らの術を習ったが、それは腐食性かつ有毒の素材を使用するものであった。私は彼らのもとに14週にわたって留まった。
 そして私はユダヤ人と供にヴェニスへと向かった。そこで彼は40ポンドのこの銀をトルコの商人に売った。彼が商人と交渉する間に、私は6ロスの銀をとり、それを金細工職人のところへもってゆき、彼はラテン語を話し、ふたりの熟練工を従えていたが、私は彼にこの銀を試してみるよう頼んだ。彼は聖マルコ広場の検査官へと私を案内したが、それは恰幅もよい富裕者であった。彼は3人のドイツ人の試金検査官をかかえていた。すぐに彼らはこの銀を、つよい酸をもちいる検査にかけて、灰吹炉のなかでそれを精製した。しかし、それは検査に耐えることなく、すべては炎に霧散してしまった。はたして彼らは私に、どこでこの銀を手に入れたのかを厳しく詰問するに至った。私は彼らに、これが本物の銀かどうかを知るため、検査の目的で出頭した旨を伝えるにとどめた。
 詐欺が発覚してからというもの、私はユダヤ人のもとへは帰ることなく、彼らの術に関心を払うこともなくなった。私はこのユダヤ人のことで、偽の銀を通じて厄介ごとに巻き込まれるのを恐れたのだ。
 私はヴェニスの大学へ行き、雇用を得るまで1日2食を要請した。教区牧師は、ドイツ人が集まっている慈善施設について教えてくれ、そこで我々はかなり贅沢な食事にありつくことができた。そこは困窮した旅人のための施設であり、あらゆる国の人々がそこへ来ていた。
 次の日、私が聖マルコ広場へ行くと、ある試金検査官がやってきて、私に、どこであの銀を手に入れたのか、なぜ検査に諮ったのか、そしてまだそれを所持しているのか、を尋ねた。私は、もうそれは持っておらず、捨ててしまってさっぱりしたところだ、しかし私は術を心得ており、それを教えるのも吝かではないと答えた。こうした話に検査者はよろこんで、私が実験室で働く気があるかどうかを彼は問うた。私は彼に、錬金術の工房で働く目的のもとに旅をしている雇われ人夫であったことを話した。こうしたことも彼をいたく喜ばせ、彼は私に、実験室を持つさる貴人を紹介してくれ、そのひともまた、ドイツ人の助手を求人していた。私は快く受け入れ、彼は私をまっしぐらにタウラーという化学主任のもとに連れて行った。彼はドイツ人であり、私を迎えて嬉しげであった。かくして彼は私を週に2クラウンの雇賃で現場に就かせ、彼もまた同様そこで仕事をした。彼は私を、ヴェニスから約6イタリア・マイル離れた、ポントレオネと呼ばれる素晴らしく大きな邸宅に連れて行った。そこで執行されているのは、個々の過程に於いても、医薬に於いても、私はあんな工房の作業を見たことがなかった。そこには、考えうる全てのものが用意され、いつでも使える状態であった。どの職人も自身の個室を持っており、工房助手の全職員のために、特別の料理人までいたのである。
 化学主任はすぐに作業に必要な金属を私に与えたが、それは4日前に前もって貴人から送られたものであった。それは辰砂であったが、ただ私の知識を試すために、主任はあらゆる種類の不純物でそれを覆い、2日間のうちにしおおせるようにと命じた。私は仕事に勤しんだ、が独自の過程で、凝固した水銀の鋳塊の実験に成功し、全重は9ロスを計量し、実験は3ロスの純金をもたらした。
 これが私の最初の仕事であり、運の良い手柄であった。化学主任がこれを貴人に報告すると、彼は不意にやってきて、私にラテン語で話し掛け、私を彼のフォルトゥナタム(無尽蔵の財布、ここでは蔵か工房の意だろうか)に呼んで、私の肩をたたき29クラウンを私に与えた。彼は私には理解しがたい奇妙な種類のラテン語を話したが、私は支払いに満足であった。
 私は、単なる冶金学ながら、この術を何者にも口外しないよう誓約をたてさせられた。長い話を短くするために、すべては秘密裏に保たれねばならず、かくあるべきごとくに。もし誰かが、その術を自慢すれば、たとえその者が真実を掴んでいようとも、神の正義はそのような者の自由にはさせておくはずもない。それゆえ沈黙すべし、たとえあなたが最高のチンキを持とうとも、しかし情けをかけよ。
 私は貴人の工房であらゆる種類の作業を見せ、化学主任が私を支持するにしたがって、彼もまた、なすべきあらゆる種類の作業を私に与えた。そして我々の雇用者がこれらの術に約30000クラウンも費やし、いろいろな言語で記されている、彼が非常な関心を払うものについての、あらゆるの奥義書の類いに現金を払っているというとにも言及した。私自身、彼がサルラメトンの写本に6000クラウンを払うのを見たことがあった。ギリシア語で記された、チンキに関する過程についてのものである。貴人はこれを即刻に翻訳し、私に与えては作業をさせた。私はこの過程を15週で完了させた。それをもって私は、三種の金属を純金に染色した;そしてこれには、最重要な秘密が秘められていた。この貴人は華麗で力強かった、そして令嬢が海に出たある年、アドリアの婚礼儀式にて、宝石の指輪を水に投げ込むのに立ち会うため、多くの他のヴェネツィア貴族人士とともに我らの貴人は、彼の偉大で素晴らしい船に乗って出かけたが、そのとき突然の暴風雨がおこり、彼と他の多くのヴェネツィア君主・統治者たちは海のもくずと消えた。
 かくして工房は遺族によって閉鎖され、職人達は、給金を出されて暇を与えられ、化学主任だけが残った。
 かくして私はヴェニスを離れ、自身の目的により適った地を目指した。そしてエジプトの言語で記されたカバラと魔術の書物らが私の関心を占め、私はこれらを注意深くギリシア語に翻訳し、さらにラテン語へと翻訳した。私はここでエジプトの至宝を発見しこれに魅せられた。私はまた、彼らが作用を施した偉大な物質や、古代の異教徒の王たちが使用したこういう染色素や、それをもって自ら作業したもの、いわば、XOFAR、SUNSFOR、XOGAR、XOPHALAT、JUPHALATなどたちである。これらすべてはティンクトゥラの偉大な宝をもち、神がかような奥義を異教徒たちに明かしたのは驚くべきことであったが、彼らはそれを最高機密に保持した。
 しばらくして私は術の根本原理を見、最良の染色素で作業を開始し(しかし、まったく記述しがたい仕儀でそれらは同様の根から、あらゆる進行をした)作業の最終結果に至っては、いかなる緋色も比肩しえない、なんとも美しい赤色を見い出した。かような宝は言語を絶するものであって、無限の増大が可能である。一片は1500部の銀を金に染色した。いかに多種多様な添加物のもとに増殖の後いかなる質の銀や他の金属を染色したか、私は語らない。私はこれに仰天した、とだけいっておこう。
 汝のなんたるかを学べ
 汝がなにに帰属するかを、
 汝、この術のなにを知るか
 これがまさに、汝そのもの。
 そのすべては、汝なしに、
 あるいは汝のなかに。
 トリスモシンの斯く語りき。