トマス・ノートン氏をめぐるいろいろ

ここ数年でめきめき実用的になって(?)なんでも検索してみるととりあえずヒットするWikipediaだが、英語版では「Thomas Norton」の記事がちゃんとある。(Wikipedia:Tomas Norton)ちなみに日本語版には無い。……とかいってる奴が書けばいいじゃんか、というのがWikipediaの姿勢なんだろうけども、それはちとワシには僣越だ。まあそれはさておき、こういう記事。あんまりたいしたことは言ってないけど、リンク先から周辺事情がたくさん出てくるから侮れない。

Thomas Norton (alchemist) From Wikipedia, the free encyclopedia
Thomas Norton (c.1433-c.1513) was an English poet and alchemist. He is known as the author of the Ordinall of Alchemy (1477), an alchemical poem of around 3000 lines. According to Jonathan Hughes[1], Norton was born in Colne, Wiltshire. He became an alchemist in the 1450s, and was a courtier at the court of Edward IV of England, to whom the Ordinall was dedicated.The Ordinall gained a wide reputation in a Latin verse translation, in the 1618 Tripus Aureus of Michael Maier.[2] The English original was included in the 1652 Theatrum chemicum Britannicum of Elias Ashmole.[3]
[1]Arthurian Myths and Alchemy (2002), p.102-3.
[2]The other authors in the collection were Basil Valentine, and the pseudonymous John Cremer, Abbot of Westminster.
[3]Fascimile text in Ordinall of Alchemy (1929) editor E. J. Holmyard.
References Reidy, John (ed.)(1975), Thomas Norton's Ordinal of Alchemy (ISBN 0197222749)

うーん、ウィルトシア、なんとも長閑そうな田舎だ。ストーンヘンジがあったりする地域らしいが、その地方についてはやはり『叙階定式書』の本文にも出てくる。いや、ノートンストーンヘンジのことは何も言っていない。

トマス・ノートン(1433〜1513)はイギリスの詩人、錬金術師であり、三千行に及ぶ錬金術詩である『錬金術の叙階定式書』(1477)の著者として知られている。ジョナサン・ヒューズ[1]によると、ノートンはウィルトシアのコーンに生まれ、1450年代に錬金術師となり、エドワード四世の治世に廷臣であった。『叙階定式書』はこの王に捧げられており、ラテン語訳されて広く名声を博し1618年にはミハエル・マイヤーの『黄金の鼎』[2]に収録された。英語の原本は1652年エリアス・アシュモール編纂の『英国の化学の劇場』[3]に収録された。
[1]『アーサー王伝説錬金術(2002)』p102〜103
[2]ここに収録されている他の著者はバシリウス・ヴァレンティヌス、ジョン・クレマーと称するウェストミンスターの大修道院長である。
[3]1929年、E・J・ホームヤード編集のファクシミリ
参照:ジョン・リーディ編集、『トマス・ノートン錬金術の叙階梯式書』1975年

してみるとノートンのこの文書は、誰より先にマイヤーに重要性をすっぱ抜かれて真っ先にドイツで刊行されたわけだ。それからようやくアシュモールが英国現地で世に出すのは30年以上あとになってるから、当時のボヘミア科学の進みっぷりはたいしたもんだ。いやしかし……錬金術詩? 3000形の「詩」? だったっけ?
訳を進めている版は『ヘルメス博物館HermeticMuseum』のもので、これは完全に散文の形式で語られている。訳すのに没頭しているとすっかり周辺が見えなくなってしまう。あれだ、ちょっと『英国の化学の劇場TheatrumChemicumBrittanicum』を見てみりゃいいんだ、と。載ってる載ってる、しかも冒頭で、なんだかスゴくミヤビにイラストもあれば、形毎にしっかり韻を踏んでる雅文だこりゃ。いかに「平明にわかりやすく語る」といっても、文学形式的にはしっかり時代がかった詩の形なんですねえ。
現代的に通読するにはやはり「分かりやすさ」が優先でしょうし、こちらも散文のほうからのが訳すのが楽なのでこのままのデレデレ方針で参ります。でも『英国の化学の劇場』に収録された図版などは魅力なので(編集段階で勝手に追加された何かの異版なのでしょうけれども)これから該当箇所にはイラストも補って行きますから、乞うご期待。
それから、上記Wiki記事の最後にある、ジョン・リーディ『トマス・ノートン錬金術の叙階梯式書』(1975年)という書籍は非常に気になりますね。ちょっと探りを入れてみましょう。