第12回 錬金術の叙階定式書 第3章(1)

さて第3章のスタートです。「T」は老錬金術師タンシルスのTです。

タンシルスは容易ならざる探求に六〇年もの刻を費やした。西部のブライアンやホールトンなどもまた、昼夜を問わず術の実践に従事した者たちであるが、彼らはこの高貴なる学理の精髄を見出すには至らなかった。術の礎となる原料を知らず、それを誤った方法に求め、人生と財産を蕩尽してしまった。彼らが根拠とした調合法はかなりの財貨の喪失と、苦痛を強いたのである。かくて、タンシルスは涙ながらに私に訴えた。薬草、樹液、根、草葉、はては汚れた物質にまで塗れながら、誤った配合処方の示すところに人生の最良の時期を奪われ、惨苦に苛まれていた。その列挙するところは、金鳳花、罌粟、沈丁花、銀扇草、百合(マルタゴン)等、また体毛や卵や排泄物や尿など、さらにアンチモン、砒素、花蜜、蜜蝋、葡萄酒などや、生石灰、礬類、白鉄鉱、そしてあらゆる鉱物種、合金、白金属(しろかね=アルビフィケーション)黄金属(こかね=キトリネーション)など極めて多くに渡った。
しかし、これらが彼の術によって某かに変わることは無かった。というのも、己の目指すところと自然の真性ありうべき適正な配合への考究が彼には乏しかったからである。こうした物質で失敗してからというもの、彼は人間の血液以外に上手く行く方法はないと考えており、私は血液などは炎の熱にたやすく果てるものでただ煙になるだけだと教えねばならなかった。
こうして彼は、主の愛のもと誠の石の材料を確と示すよう私に懇願した。私はこれに応え、
「タンシルよ。汝のごとき老翁がいかなる善事をなそうというのか。この研究は断念し、祈りに身を捧げるがよかろうものを。我らの石の組成を知ったとて、調合を完遂するよりさきに汝の命数は尽きる。余生に為すべきを行うがよい。」
けれども彼は、自身の帰結に心を砕くことのないよう私に望んだ。
「長くもとめてきた石の材料をついに知ることができれば、それはこの上ない安逸となるでしょう」
「タンシルよ、汝は容易には認められぬことを要求している。このことについて論じたあらゆる著者たちはこれを不明瞭なことばで書き記し、そして誰ひとり明らかにはしないことなのだ。むしろ、偉大な秘密を書物に記してしまうくらいなら、すぐさま現世を辞すことを神に願っていた。というのも、多くの先人は、この学問に背を向けることより紙片に委ねてしまうことのほうを恐れたからである。こうして、石の組成についての示唆をひとつふたつ以上に明らかにする著者は一人もいなかった。彼らが著述したのは秘密を世に漏洩するためではなく、その意図するところを解しうる者たちを同胞の達人として判別しようと、それで不明瞭な寓意の形式を用いているのだ。ゆえに汝は只一冊の書物を読むのみに満足してよいことはなく、様々な著述から学ばねばならない。博学なるアーノルドは一冊の書物が他への理解を広げると言っている。アナクサゴラスの博識が、数多の書の読解に煩悶せぬ者は決して我らの術の実際的な知識には到達しないと断言せしめたのは同様の想念によるものだ。我らが術の同胞がこれまで平明には説明しなかったことを慈善の目的で明かさないとしても、少なくとも出来る限り汝の問うところに単刀直入に答えることで汝に慰安を与えよう。」
「師よ、有り難く存じます。」彼は応えた。