光文社版『海神記』

うかうか模型脳になっていると諸星大二郎『海神記』というマタ別のディープなしろものが到着、予約していた下巻が発売になって発送になったもんだろう。じつはこのブログ、検索ヒットがいちばん多いのはこの「海神記」というワードで、ずっと以前にちょっろっと書いただけのレヴューにやたら反応がある。そのたびに「ああやっぱり入手しにくいんだろうなあ」と思っていた。光文社もイイところに目を付けたものだとおもうけど、(未完とはいえ)3巻組が上下2巻にまとまったのでズシリと結構な厚さがあるので、願わくば文庫ででも出てくれればと。
 Amazon:諸星大二郎『海神記(上)』
 Amazon:諸星大二郎『海神記(下)』
『孔子暗黒伝』とか『暗黒神話』とか『マッドメン』などの、思想的・宗教的かつ民族的な壮大なルーツの謎をガンガン描いていく筆致が何度読んでも面白い諸星作品、『海神記』もまたそういう系統に入るものだろうけどこれは、古代日本の海洋民族たちが「常世」思想の情熱をもとに北上の冒険を繰り広げる、という他に類をみないテーマで、これが潮くさく汗くさく漢くさく骨太に描かれているところがなんとも希有な作品というところだろう。「常世」から幸もたらす海の神「わたつみ」に遣わされたらしき海童をめぐる民族的動揺と混乱、「海人(あま)」たちの冒険譚と運命的なドラマに身を委ねていると、もはや一体だれの台詞なのかも定かでない集合的な、古代日本の南方人のアイデンティティに没入させられてしまう。『西遊妖猿伝』(購入不可)も含めてオカルティックな色彩のある諸星ライフ・ワークのひとつだが、他とちがって巨大怪物とかがでてこないところとか歴史の考証などに、それとなくストイックさを感じさせる、絶版ながらに求めてやまぬひとの多かった人気の秘密でもあろう。