マイヤー『黄金の鼎』のイラスト

ミハエル・マイヤーの編纂した錬金術論集『黄金の鼎』は(1)バシリウス・ヴァレンティヌス『12の鍵』 (2)トマス・ノートン『我を信じよ、あるいは錬金術の叙階定式書』 (3)ジョン・クレマー『信仰告白』 の3つの、有名かつ伝説的な錬金術文書を収めており、扉絵として以下の図像が掲げられている。

左側に集ってなにやら議論を交わしている3人が、それぞれの著者であるらしい。優雅な風情の哲学者たち、とくに真ん中の人物はみごとな錫杖を持って、頭頂が刈り込まれているところからしてこれが院長か。それらに比べて、やけに卑俗な様子で描かれた助手(?)が、実際に熱そうな炉に向き合って作業をしている。高貴なものとしての、錬金術の思弁的な部分から、実際の作業をやけに隔てている感じが強いけれども、両者のちょうど真ん中にこそ、なにやら美しい球体があって、そのなかで翼ある蛇がΩ型にうねっている。これを支える三本足の台が、まさにこの論集に収められた3文書の象徴するところか。

本家サイトMacrocosmに置いてある『12の鍵』では省略してしまったが、この第1論考の扉には下の図像がある。

これはミハエル・マイヤーの1617年の著書『12聖の黄金卓の象徴』にあるロジャー・ベーコンの姿絵であるが、ここではヴァレンティヌスのイコンとして再利用?されている。『12聖の黄金卓の象徴』の図像群は実に面白いもので、まず扉絵でエジプト人としてのヘルメス、ユダヤ人女性マリア(ケロタキスという循環装置を考案した人物)、ギリシアデモクリトス、ローマからはモリエヌス、アラブのアヴィケンナ、ドイツからアルベルツス・マグヌス、フランスから(?)アルノー・ド・ヴィラノヴァ、イタリアからトマス・アクィナス、スペインからライムンドゥス・ルルス、イギリス人ロジャー・ベーコンハンガリーからメルキオル・キビネンシス、12人目はサルマティア人の「誰かさん」を挙げる。続いてそれぞれの賢者らが、錬金術の作業や寓意象徴の登場人物たちと戯れるような12枚の絵によって、論考が進められる。諸哲学者たちへのマイヤーのオマージュ、あるいはマイヤー版『賢者の一群』とでもいったところだろうか。

続く第2論考、『錬金術の叙階定式書』は"ORDINAL"であるが、邦訳書によっていろいろ訳され方が違う。『錬金術の規定』とか『作業案内』といわれる文書も、おそらく同一のものを指している。扉絵は特にないが、はじめに下の図が置かれた後に、マイヤーのエピグラム、著者ノートン自身による(らしき)序文とつづく。

ヘルメス学の動物園か。錬金炉の下1段目はライオン=固着する硫黄、ワシ=溶解して揮発する水銀、ヘビ=水銀の溶解質性。それも王冠を被っていてなにやら愛らしい。2段目は、ドラゴン=物質それ自体であり、カラスで黒化・腐敗、クジャクまでいけばなんでも着色できる染色素の色彩があらわれレインボー状態になる。3段目は白い石としてのハクチョウ、炎から蘇る不死鳥は賢者の石で、向かいにいる小鳥たちはその「倍加」を表す。マイヤーは自身の著作で、動物における象徴的とも生物学的ともとれる言動をする際、よくアリストテレス動物誌の内容を引き合いに出すことがある。
このあとノートン錬金術の叙階定式書』には2つの序文があり、本文に入る前にさらに次の図が掲げられる。

続くクレマー『信仰告白』の扉には、前掲の『12聖の黄金卓の象徴』からトマス・アクィナスが召還され、ここでウェストミンスターの大修道院長ジョン・クレマーに乗り移る。

アリストテレスの気象学には、すなわち硫黄と水銀の蒸気からあらゆる金属が生じ、気象もまた乾気と湿気の様々な混淆にいよって生じる、という記述があるようで、してみるとこの人物の抱えた書物はまさにアリストテレスかもしれない。地下で立ち昇る硫黄と水銀は、そのままでも自然の営為によって「錬金」されるのであろうが、これを高いところでやるのが「錬金術」なのだろう。