第5回 錬金術の叙階定式書 第1章(3)

さて汝、この叡智を求める者よ、虚偽から真実を見抜くすべを学ぶべし、錬金術の真の探求者は原因をさぐる哲学によく精通している必要がある。さもなくば、あらゆる労苦は無に帰することであろう。とはいえ真の探求者たるものは、みずからの責任に於いて探求に着手するものだ。燦然たる我らの石を渇望して求めつつも、探求者は己の被るいかなる損失にも他者を巻き込むものではない。それゆえあらゆる実験は己の負担から執り行われるべきで、作業に不可欠な失費を惜しんではならない。真の探求者は希望の根にただ神の慈悲のみを据え、財産を消費し金庫を空にし苦痛に悶えながらに一歩の前進を得るのである。しかし、この反対に詐欺師らは、擦り切れた外套をまとい街から街を彷徨う。怪しげな知識で不用心な者を惑わそうと罠を仕掛け、虚しい語りに誓いをかけて出し抜くのである。銀を増加させることができるとか、金と銀をかけあわせ繁殖できるなどと虚妄を主張し、強欲な連中に巧みに取り入る。じつに見事な、欺瞞と貪欲の結合である。だが金の繁殖などというものが、信じやすい餌食を騙そうとした大言壮語、虚偽の約束であることなどは長からず露見してしまうことで、強欲者が乞食に成り下がるだけのことである。繁殖という詐欺的な言葉にはやくから警戒しなかった者の陥る結果である。かような人物について長々と行を費やしたが、それというのも、邪悪な性向を秘めた輩が蔓延ることを恐れてのことである。私がこれ以上を書き記すことで善よりも損害がうまれる恐れもあるから、さらにただ一言を加えて思慮の一助となそう。かような詐欺師たちが真実、その熱望するところの知識を手にしているとすれば、それと知られぬよう細心の注意を払うであろうし、自身の知識をひけらかしたり、金銭を狙って信じやすい人々を騙す必要もない。そうした場合、これら詐欺師らが不正の取引を行ったあらゆる場所で、それ相応の報に罰せられるとしても、そこに彼らの姿はほとんどないはずである。かくして、かような輩が主張する金属の繁殖というものは、自然についての偽りの主張であることがよくわかるはずである。汝、金属の繁殖などは自然の法則に反したものであり、決して有り得るものではないと肝に銘じておくべきである。自然というものは、いくつかの経過を除けば、なにものも繁殖などさせない。それは、我らが腐敗(プトレファクション)と呼ぶ腐食作用か、あるいは、被造物へと生命が吹き込む伸張(プロパゲーション)である。金属種の場合、繁殖ということはありえないが、我らの石はそれに似た様相を示すことがある。腐敗とは破壊的な堕落を意味するが、しかし豊かな稔りのためにそれはさる適切な場所で表出しなければならない。金属種は大地のなかで生成されるものであって、地面のうえでは錆び付く物質である。ゆえに地表は、金属が腐食する緩やかな破壊の場所である。この事実からわかるのは、金属種にとって地表は適正な元素の環境ではなく、不自然な場所は自然物へと破壊をもたらすということである。それは、水から出された魚が死んでしまうのと同じことである。人間や獣や鳥もまた、空気のある場所で生きているように、鉱物や石は地下で生成するのが自然なのである。薬剤師や医師も、乾燥した丘に水棲植物を探すことはない。かしこくも神は、万物がそれ自身に適した場所で生育するよう規定したのである。私は、金属種が繁殖すると主張する者がこの原理を否定していることを知っているが、彼らは、一般的に地中に存する銀、鉛、錫、そして鉄の鉱脈が、豊かな場合と貧しい場合があると言う。そして、金属種が繁殖し生長しないのなら、そうした多様性は完全に説明不能ということになると言う。こうしたことが、地中で金属種が生長することを証明するものと思われているが、もしそうだとして、それはなぜ地表ではないのか、さらにその地上の、火や水や空気の影響から守られた容器の中では不可能なのかどうか、この疑問を拭うことはできない。我々は、こうした主張がなにものも証明し得ないとして以下のように答える。状況は二つの場合で異なるが、まず金属にとって唯一の有効的な動因は無機的性質であるが、それは地中であればどこでも見つかるというものではない。さる特定の地域に選ばれた鉱脈が存し、そこに年々、天球が一直線に光線を注ぎ、その地域の金属性物質の配合率によって、種を様々に分けた金属が次第に形成されてゆくのである。大地における限られた地域のみがそうした生成に適しているのである。

探求者の姿勢について思い出すのはバルザック『絶対の探求』錬金術師の悲劇というよりも、探求心に取り憑かれた者の激烈なドラマとして。リンク先のレヴュー、かなり力が入ってていいです。錬金術に興味あるひとだったら、かなり楽しめる「純文学」ですね。
それから、後半の「繁殖」を糾弾するところですが、これはソルとルナの結合、みたいな象徴がヒトリアルキした結果でもあるんでしょう。べつに悪意をもった詐欺師でなくても、錬金術の寓意画から錯綜した事情もあったんじゃないかと。まあ、アニミズム的な魔術的想像力とごっちゃになってしまうと、金属の繁殖、なんて言葉はひじょうにマズいわけで…。
こういうのとか