第7回 錬金術の叙階定式書 第2章(1)

さて第2章の始まりです。第2章では、いろんな物語をノートン師が語ってくれます……が、ちょっと辛い話が多い。
「N」はノルマンディのNです。

かつてノルマンディに、様々な身分を股にかけ人々を騙した修道士がいた。この術について完全な知識を握っている、彼はそうした空疎な自負心で腹中を満たしてからというもの、それまでのように、粗暴な慰みに溺れることで己の理性を失わせることがなくなった。私は、実例を挙げるための短い物語として以下にこれを記し、そうすることで、この者の荒唐無稽な熱情を許そうと思うのである。
この僧侶は、フランスで放浪の人生を送るさなか、神への祈誓を忘れて欲望に溺れた。その果てにこの王国へやってきて、あらゆる人に自分が錬金術をすっかり会得していると信じさせようとしていた。彼はそれを、さる秘法の書から学び取ったと吹聴していた。僧侶は権力の獲得に熱心であり、後世に渡って己の名が輝かしく伝わり、この島に彼の名声が永遠にうちたてられることを望んでいた。彼はいつも、もうすぐ自分の手に入ると思いこんでいるその莫大な富の使い道に頭を悩ませており、ついに「みよ。この問題の解決を手伝い、この望みの充足を補助すべき、信頼に足る人物の居場所がわかったぞ。ソールズベリー平野に輝かしく、あっという間に、しかも一マイル毎に、壮麗なる十五の大修道院を建立するのだ」と独りごちた。この構想を実現しようと、僧侶は私のもとにやってきたのである。彼は計画の全体像を私の前に広げ、同時に助言を求めた。私は、聖ジェームスの聖堂でその名を明かさぬ誓いを立てたが、身贔屓はするまい、私はこの彼の愚かな企てを以下に語ろう。僧侶は、この輝かしい術に熟達していることを力説すると、王のために働くことの他には何も望んでいないこと、そして件の大修道院建立のために土地を購入する枢密院の許可が欲しいということを語った。その費用を工面するのは、彼には簡単なことであるそうであったが、その一方で、土地を手に入れるにあたり場所や相手、方法について、いたく悩んでいたというわけである。その高邁な事業を説かれると、私は彼の学んだ知識が神学的な学問としてどれ程のものかを試そうと思った。そして、彼がこれらの学識の分野を探求するには、憂うべき有様であることがわかった。けれども彼の事業からは、さらに学び取れるところが期待されるかもしれず、私は自制し、己の誓いを守りつつこう伝えた。この計画には、王の御前に出せるほどの充分な重要性がなく、その主張が実現可能である証明がなければ、皆が皆、無駄な話とみなすことであろう、と。しかし修道士は、すでに火中に物質を設えており、これが彼に必要なところをすべて供給してくれるはずであった。そして四〇日の間には、その力説するところがまことであると、高らかに立証できるのだと答えた。私は、それで最早これ以上を問い詰める気もなく、ただ彼の言った時間を待とうと答えた。しかし、彼の定めたその日がやってくると、修道士の方術は霧散し、大修道院建立という壮大なる計画も霧消した。詐欺師でもあったかのように彼は、苦い屈辱と狼狽とともに行方をくらませた。それから間もなく、彼は多くの情に厚い多くの人々を騙しては、再びフランスへ戻っていったことを知った。十五の大修道院、信仰の座、至聖所そして学舎という大望の理念が、軽率なる僧侶とともに軽々しく消え去ってしまうのは、いたく残念なことに思われる。また、そうした人間が、十五もの大修道院を建立できると自ら思いこんでいたことは、また驚くべきことでもある。この聖なる術の知識を学び取るために、恭順の誓いに生きることが出来ず、背教の浮浪者として流離わねばならないとしても。しかし私は、術がまさに聖なるものであるがゆえ、虚偽の詐欺的な人物には決して到達しえないということをすでに繰り返し述べたのであった。